経済産業省・中小企業庁は、「DE&Iと、ダイバーシティ経営の違いについて教えてください」と題して、下記内容を発表しました。
回答
従来のダイバーシティ経営は、多様な人材を集めることで、企業の競争力を高めることを目指すものでした。一方DE&Iとは、多様性だけではなく、公平性や包摂性も含めた課題へのアプローチのことで、組織における多様性の実現をより本質的で効果のあるものにすることが可能となります。DE&Iへの取組みは、創造性やイノベーションを促進すると同時に、人材確保の手段にもなり、企業の競争力強化につながるため、積極的に取り組みを進めていきましょう。
※「ダイバーシティ経営」という言葉は、狭義では「多様性」を高めることで企業の競争力強化を目指すものですが、広義ではDE&Iの考え方を包含している場合もあることにご留意ください。
DE&Iとは何でしょうか
近年、企業経営において「DE&I」という言葉が注目されています。DE&Iとは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)の頭文字をとった言葉です。企業経営における人的資本活用の考え方として、大企業だけでなく中小企業でも経営戦略の一環として推進する企業も出てきました。
(1) Diversityについて
Diversityとは「多様性」を意味し、個人や集団に存在するさまざまな違いのことです。性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含みます。
(2) Equityについて
Equityとは、公平な扱い、不均衡の調整を行う「公平性」を意味します。さまざまなツールやリソースへのアクセスが、公平に保証されている状態を指します。多様な人材を集めるだけでは企業の競争力強化につながりません。多様な人材が、それぞれの能力や特性を活かせる環境を整えることが必要です。
似た言葉に「平等」を意味するEquality(イコーリティー)という言葉があります。「公平性」の考え方を理解する上で、「平等」との違いを理解しておくことがポイントです。この違いをよく表しているのが下のイラストです。
「平等」が個々の状況を特に考慮せず、すべての人に同じツールやリソースを与えること(同じサポート=平等な扱い)であるのに対し、「公平」は個々の状況に合わせてツールやリソースを調整し、だれもが成功する機会を得られるようにすることです。
このイラストをご覧ください。左側のEQUALITY(平等)の状況を示したものでは、背の高さが違う3人に同じ個数の台を与えていますが、右側のEQUITY(公平)の状況を示したものでは、3人の背の高さに合わせて、野球の試合を観るのに必要な個数の台を与えています。
これを企業に当てはめて考えてみるとどうでしょうか。例えば、障がいのある従業員が働きやすいように職場の環境を整備したり、子育てや介護などに時間を使う必要がある従業員のために勤務時間の変更を柔軟に認めたりすることなど、それぞれの状況や事情に合わせたサポートを提供することで、どの人材も取り残されることなく、それぞれの能力や特性を活かして働けるようになります。
(3) Inclusionについて
Inclusionとは、多様な人材がそれぞれ公平に扱われるだけでなく、歓迎され、心理的にも安心感をもち、組織内の意思決定プロセスに十分に参加できるような「包摂性」のある環境を整えることを意味します。いくら多様な人材を公平に扱う人事制度や研修制度などが存在していても、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が残る環境では、本質的な多様性の実現にはつながりません。従業員が互いの個性を認められるような環境が醸成されることで、従業員の帰属意識やエンゲージメント(愛着・信頼関係)が高まり、離職を防ぐことにもつながります。
DE&Iに取り組むことで得られる効果
それでは、DE&Iに取り組むことで、どのような効果があるのでしょうか?ここでは2つのポイントに整理してお伝えします。
(1) 新しいアイデアが生まれる
同じような属性の人々が集まっている組織では、視点や考え方も同質になりやすいため、革新的な発想は生まれにくいと言われます。性別や年齢、価値観、経歴などが異なる多様な人材が組織にいることで、多角的な視点・角度での議論やアイデアが生まれやすい環境になり、困難に直面した際にも、様々な視点から原因の分析が可能となるため、問題の早期解決につながる可能性もあります。
付加価値の高い商品やサービスを生み出していくことは、不毛な価格競争から回避する手段となり、中小企業の競争力を強化するうえでは外すことのできないポイントです。DE&Iを通じて醸成される組織風土は、付加価値の高い商品とサービスを育む土壌となり得るのです。
(2) 人材確保につながる
日本では少子高齢化によって働き手不足の深刻さが年々増してきています。そのような中、多くの中小企業では人材確保に課題を感じている状況です。DE&Iへの取り組みは、a.人材獲得力向上 と b.既存従業員の定着率向上 という2つの側面から、人材難を切り抜ける一つの有効な方法と考えられています。
a.人材獲得力向上
経済産業省の調べによると、ミレニアル世代の女性の約85%、男性の約75%が「職場選びの際に多様性・受容性の方針が重要である」と考えています(※)。DE&Iへの取組みを通じて、多様性・受容性(公平性・包摂性)を経営方針に組み込み、それを実現している組織であれば、若い世代に魅力を感じてもらいやすいと言えます(下図の赤枠Aをご参照ください)。
また、DE&Iへの取組みにより、女性や外国人、その他マイノリティにとって働きやすい職場を実現することで、多様な人材からの応募が増えることも期待できるでしょう。
b.既存従業員の定着率向上
DE&Iへの取り組みにより、従業員一人ひとりの事情を考慮した働きやすい環境が整備されることで、既存の従業員の満足度や仕事に対する意欲が高まり、定着率が向上する傾向があります。
経済産業省「多様な人材の確保と育成に必要な人材マネジメントに関する調査」(2020年10~11月実施)での分析結果は以下の通りとなっており、既存従業員の定着率向上という効果が出ることを示しています(下図の赤枠Bをご参照ください)。
DE&Iを実践するステップ
DE&Iに取り組んだ成果は一朝一夕に出るものではなく、長期的に継続的な取り組みが求められます。対応策に関してはどの企業にも当てはまるような絶対的な正解はなく、それぞれの企業の状況や環境にも大きく依存するため、自社に合った取り組みを進めていくとよいでしょう。
まずは、以下の3つの問いと向き合い、自社にとっての多様性とは何かを探ってみることから始めてみましょう。
STEP1:自社の事業の中で疎外されている人たちは誰か?
多様性の議論では、女性や高齢者、障がい者や外国人といったイメージが浮かびやすいですが、それだけではありません。自社の周辺を見渡した時、疎外されている人たちがいないか思考を巡らせてみましょう。こちらに疎外している意識がなくても結果的にそうなってしまっていることはよくあるため、意思決定プロセスにいるべきなのにいない人をイメージすると考えやすくなります。例えば、IT企業の経営層にエンジニアがいない場合、エンジニアは疎外されていると考えることもできます。
STEP2:その人たちはなぜ疎外されているのか?
STEP1で考えた属性の人たちは、本当は組織の一員やステークホルダーとして自社の取組みの中でその能力を活かせるはずなのに、何かしらの壁によって疎外されていることが多くあります。例えば、外国人従業員の仕事が外国語での対応が必要な業務に本人の意思とは関係なく限定されてしまっていることもよくある事例です。ここには、無意識の偏見(例:外国人従業員には日本語での仕事は大変だろう)が働いている可能性もありますので、注意深く点検してみましょう。
STEP3:壁を取り除くために必要な策は何か?
「多様性」というベースの上に、「公平性」「包摂性」を達成していく道筋を考えてみましょう。取るべき施策は各社の状況や環境によって大きく異なりますが、方向性としては以下のようなものが考えられます。
D「多様性」:求人広告の文言を多様性に配慮したものにする工夫
E「公平性」:多様な働き方をサポートする制度整備、必要な研修機会の提供
I「包摂性」:無意識の偏見に関する研修、相談窓口の設置
DE&Iを推進するためには、経営者のリーダーシップが不可欠です。多様な人材が活躍することを経営ビジョンに盛り込み、現場を巻き込みながら自社にとっての多様性とは何かを考えた上で、必要な対策を講じ、その効果の検証と改善を繰り返していくことが重要です。DE&Iへの取り組みを通じて、経営戦略を実現するうえで不可欠である多様な人材を確保し、多様な人材が意欲的に仕事に取り組める組織風土や働き方の仕組みの整備を進めます。それにより、多様な人材がその能力を最大限発揮させることで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげていけるような経営が実現できるので、DE&Iに積極的に取り組んでいきましょう。
- 回答者
- 中小企業診断士・エシカル経営アドバイザー 藤原 彩香
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