経済産業省・中小企業庁は、「デジタルデトックスについて中小企業でできることを教えてください。」と題して、下記内容を発表しました。
回答
デジタルデトックスとは、スマートフォンの普及率が50%を超えた2014年頃から関心を集め始めた取り組みです。一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器との距離を置くことで、ストレスの軽減や心身の健康を回復させる活動を指します。本稿では、単にデジタル機器と距離を置くのではなく、デジタル機器との上手な付き合い方に焦点をおきます。そして、中小企業がデジタルデトックスを取り入れることで、どのように強い組織を作ることができるかを考えます。
1.現実的なデジタルデトックスとは?
2000年代以降、様々なデジタルツール(インターネットやソフトウェア、データベースなど、以下「デジタル技術」)やデジタルデバイス(パソコンやスマートフォンなど、以下「デジタル機器」)の進化と普及に合わせて、多くの企業が業務の効率化や情報共有の常態化に取り組んできました。しかし、あまりにも急速なデジタル化の影響で、従業員は休む間もなく情報に接し続けることを求められ、メンタルや体の不調を訴える人が急増しています。
デジタルデトックスは、このような問題を解決するための手段として注目されています。一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器と距離を置くことで、ストレスを軽減し、現実世界や人とのコミュニケーション、自然とのつながりにフォーカスする取り組みです。
デジタルデトックスという言葉を聞くと、一定期間(1週間や1か月など)全てのデジタル機器を使用しない、又は使用できない環境に身を置くという「極端なデジタルデトックス」が想像されがちです。これは、デジタル機器から完全に離れることで、現実世界とのつながりや人とのコミュニケーションを深めることが目的であり、いわば「治療」に近いものです。
しかし、現代社会において、完全にデジタル機器から離れることは難しい場合があります。そのため「極端なデジタルデトックス」は、すべての人にとって現実的な選択肢ではないといえます。
一方、「ライトなデジタルデトックス」もあります。これは、日常生活の中で、無理の無い範囲でデジタル機器の使用を制限する取組です。例えば、「食事中のスマホ禁止」「人と会っている間はSNS禁止」「寝る前の1時間はスマホを見ない」など。また、特定の時間帯(仕事中や勉強中)は「(支障の無い範囲で)デジタル機器を使用しない」「私的な通知をオフにする」などのルールを設けることなどが挙げられます。
ライトなデジタルデトックスは、現代社会で完全にデジタル機器から離れることが難しい人々にとって、実世界とのバランスを保つための「現実的な選択肢」です。移動中や友人を待っている時間など、ほんの一瞬スマホから目を離して外の景色を見るだけでも、新たな気付きや出会いなど、仕事では得られないプラスの効果も期待できます。
2.中小企業においてもデジタルデトックスが必要とされる理由
中小企業では、限られたリソースで競争を勝ち抜くため、従業員一人ひとりに対して高い生産性や創造力を求めています。そのため、デジタル技術による業務の効率化や情報共有の常態化は、事業を継続・発展させるために不可欠です。
その結果、従業員は継続的にデジタル機器に接し続けることになり、メンタルや体調に大きな負荷が掛かっています。デジタルデトックスの導入は、労働環境の健全性と従業員のウェルビーイングを保つことに直結します。業務におけるデジタルデトックスの必要性について、主なポイントを挙げます。
(1) バランスの取れた労働時間の確保
現代社会では、人とデジタル機器は常に接続されている状態にあり、仕事とプライベートの区別は曖昧です。これは従業員にとってオフタイムの侵害となり、リカバリータイムを阻害します。デジタルデトックスを取り入れることで、必要な休息を確保し、業務意欲の向上を図ります。
(2) 情報過多への対応により創造性とイノベーションの促進
人は大量の情報にさらされ、常にその処理に追われると、脳がオーバーフローを起こした状態になり、記憶力や判断力、理解力などが低下します。この状態を「情報過多シンドローム」または「情報オーバーロード」と呼び、生産性や創造力発揮の妨げになります。一定期間デジタル技術やデジタル機器から離れ、創造的業務に集中する環境を整えることで、新しいアイデアや創造的な解決策が浮かびやすくなる場合があります。
(3) ストレスと燃え尽き症候群の予防
デジタル技術やデジタル機器の過度な使用は、ストレスを高め、燃え尽き症候群(バーンアウト)を招きます。デジタルデトックスにより、従業員の心理的負担を軽減し、長期的な職業生活を保つことが期待できます。
(4) 社会的スキルやコミュニケーションの質の向上
オンライン会議やメールといったデジタルコミュニケーションは便利ですが、対面コミュニケーションがもたらす場の雰囲気や熱量が伝わりにくい面があります。デジタル機器の利用を意識的に控えることで、対面でのコミュニケーションの機会が増え、チームの結束力やプロジェクトの成果に寄与する可能性があります。
(5) 意識的な利用により社内で活用するデジタル技術を最適化
デジタルデトックスを通じて、デジタル技術やツールをより意識的、かつ戦略的に利用する気運が高まります。どのデジタル技術やスキルが真に効果的か、どのようにして最適に活用すれば良いかを考える機会になります。
3.中小企業ができるデジタルデトックスの取組と期待される効果
デジタルデトックスの取り組みとして、長期間にわたりデジタル機器に触らない「デトックス休暇」等の手段も考えられますが、根本的解決にはならないでしょう。実行可能なデジタルデトックスのほうが、本来の効果を発揮することにも繋がります。いかにデジタル機器を連続して使用する時間を減らすかが、中小企業における取り組みのポイントになると考えられます。特にデジタル機器を制御することで、従業員の仕事とプライベートのバランスを改善することが重要です。ここでは、中小企業ができるデジタルデトックスの取り組みと期待される効果についてまとめます。
(1) デジタルポリシーの策定とガイドライン
デジタルコミュニケーションの効果的な運用を確保するデジタルポリシーを策定します。メールの返信期限や業務時間外の通信に関するルールを定めるなど、即時対応を制限し、従業員の休息時間を守ります。これにより、ワークライフバランスの改善が期待され、従業員のロイヤルティー向上に寄与します。
(2) 定期的なデジタル断食の促進
業務時間内のデジタル断食を実施し、従業員の集中力向上と創造力の促進を図ります。この取組はイノベーションの促進を期待できます。
(3) メンタルヘルスプログラムの実施
ストレスマネジメントとマインドフルネス研修を実施し、デジタル環境下でのストレス管理スキルを強化します。従業員の心理的な健康をサポートし、ストレス関連の健康問題の減少を促進します。
(4) トレーニングと教育プログラム
従業員にデジタル機器の健康的な使用方法を教育し、時間管理やタスク管理のスキルを向上させ、オンとオフのバランスを取る方法を教育します。これにより、ワークライフバランスの改善と生産性の向上が期待されます。
(5) アンケート等により取り組みの効果を評価、PDCA
アンケートや面談からのフィードバックを通じて従業員の満足度とストレスレベルを定期的に評価、デジタルデトックスの取組をPDCAサイクルで進めます。ストレス関連の健康問題減少にも寄与します。
主にソフト面の取り組みをご紹介しましたが、組織内のシステムや機器を改めて見直して「仕事は業務時間内に終わらせる」ための環境を構築することも手段の一つです。分散しているアプリケーションを統合して効率化を図ることも効果的です。
これらの取組により、中小企業の持続可能な成長を促進し、競争力のある労働環境を作り出すことが期待できます。デジタルデトックスの導入とは、単にデジタル機器から距離を置くことではなく、その健全な利用を促すことで、より組織的、及び個人的な発展を促す良い機会ではないでしょうか。
- 回答者
- 中小企業診断士・社会保険労務士 齋藤 裕子
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